停電の町

創作小説倉庫

いにしえの習作

サンドイッチ

朝食ができたので、祖母を呼びに部屋まで行った。部屋はもぬけのからだった。ストーブもテレビも静かなままで、ひんやりとした空気だけが漂っていた。 「おばあちゃん」 呼んでみても、返事はない。庭にも、物干し場にも姿がない。どうしよう。おばあちゃん…

かえりみち

「ここまできたら、もうわかる。そこのかどを右」 福田くんがうれしそうに言った。僕はうなずいて、福田くんの言う通り、角を曲がる。トラックが横を走り、ぶわん、と風が踊った。福田くんが体をくねらせる。 「動かないでよ。落としちゃう」 僕は、よいしょ…

ハッピーモンスター

「うーん」 起き上がったぼくを見て、博士が言った。 「ちょっと、失敗しちゃったかなあ」 ぼくは、その言葉の意味がわからなくて不安になった。パチパチとまばたきを繰り返していると、そんなぼくを見て、 「ま、いっか」 博士は明るく言った。 「少し変わ…

電気食堂

それは、突然現れた。 キャンディのような色とりどりのまあるい電球でピカピカと装飾された建物。看板には『電気食堂』の文字。 「昨日まで、ここにこんなものは無かったはずだ」 人々は口々に言った。かといって、ここに昨日まで何があったのかと問われると…

タイミング

つまり、彼はタイミングを間違い、わたしは返事を間違えたのだ。彼はわたしではないし、わたしは彼ではない。そうある限り、このような間違いが起こるのは当たり前のことだ。それは、どちらが悪いといった類のものではない。では、わたしは、どのタイミング…

植木鉢の降る夜

彼女と出逢ってから、夜になると植木鉢が降るようになった。 会社帰りのオフィス街、帰宅途中のホテル街、そして僕の住むマンションのある住宅街。至るところで、植木鉢が降ってくる。僕のすぐ目の前に、すぐ後ろに、植木鉢は落下して粉々に砕ける。数センチ…

青い夜

青い青い夜だった。青く光る星屑を握り締め、青いタイルの路を行く。空には青白い月が、猫の爪のように鋭くとがっていた。裸足の足元はつるつると危うく、気を抜くと天地が逆さになってしまいそうだ。 目的は、はっきりしている。この星屑を、彼女に届けるの…

水色のきりん

近所の動物園で、きりんの子どもが産まれたらしい。今日が、その子のデビューの日だと、朝刊は伝えていた。「ショウイチ、きりんを見に行こう」 居間の畳で胡坐をかいた俺の隣新聞を覗き込んでいた祖母が言った。 ショウイチ。「ショウイチ」は、父の名前だ…